鉄道ファンが行くお出かけ雑記

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南海で行く高野山の旅 2020/9/28

日本有数の宗教都市・霊場として知られる高野山への参詣に便利なのが南海高野線

近年では沿線のベッドタウン化が進み大阪への通勤・通学の足としても重宝されています。そんな南海高野線を利用して高野山へ行ってきましたので、紹介させていただきます。

 

目次

 

難波から快急高野山へ一気に駆け抜ける!

南海電車ターミナル駅である難波駅。大阪のミナミの中心として知られる難波から高野山への旅が始まります。

南海難波駅からは和歌山や関西空港へ向かう南海本線の始発駅ですが、高野山へ向かう高野線系統の全列車が発着します。

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難波駅から極楽橋まで一本で結ぶ快急

南海高野線では難波駅から高野山の中腹にある極楽橋駅まで直通する列車が運転されています。かつては1時間に2本と言う高頻度で運転されていましたが、高野線沿線の宅地造成に伴う利用者急増を受けて、都市部と山間部での需要の違いから難波から高野山まで直通する列車はかなり大幅に削減されることになりました。現在では、本数はわずかながら、朝には高野山方面への下り列車が、夕方には難波行きの上り列車がそれぞれ高野山の参拝に便利な時間帯に運転されています。

難波駅から極楽橋駅までの所要時間は約1時間30分です。

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特急「こうや」

また、全席指定の特急「こうや」が難波から高野山まで直通で運転されているほか、橋本駅で急行と区間運転の普通列車を乗り継ぐことで、高野山へ向かうことが可能です。

 

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快急に使用される2000系電車

山間部にあたる橋本~極楽橋間は、50‰の勾配や半径100m級の急カーブが続くため、この区間に乗り入れる車両には大きな牽引力が必要とされるので、この区間へ乗り入れることが出来る車両は限られています。難波から極楽橋へ直通する全列車に使用されるのは2000系電車。平坦区間から急峻な山岳区間までにおいて、広範囲に速度と牽引力を制御できる性能を備えていることから、広角から望遠まで、広範囲に画角を変えられる、カメラのズームレンズ に例えて「ズームカー」という愛称があります。

車内は車端部を除いてロングシートが並びますが、その車内から見える景色は、高速で駆け抜ける都市部、住宅が多数立ち並ぶエリア、力強く突き進む山間部と、目まぐるしく変化し利用者を楽しませてくれます。特急列車じゃ味わえない日常の中にある非日常、と私は勝手に呼ばせていただきますが、どこか不思議な感覚を味わうことができるのがこの直通列車の特徴と言うわけです。ちなみに、この直通運転を大運転と呼ぶこともあります。

なお、この2000系電車は南海本線や直通列車以外の高野線の列車でも使用されていますが、この2000系電車の真価が問われる直通列車がやはり一番楽しいと思います。

 

高野山ケーブル高野山へ到着

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高野山ケーブル

難波駅から極楽橋駅まで乗り換えなしで一本で来ることができますが、流石に極楽橋より山頂側は最大568.2‰という急こう配を登る必要があることから、極楽橋でケーブルカーに乗り換える必要があります。

高野線の列車の極楽橋駅発着時刻に合わせて運行されていますので、乗り継ぎの心配は無用。このため、運転間隔は不均等ですが、おおむね10 - 40分毎に運行され所要時間は5分。また、積み残しが発生した場合には当該便の7分後に臨時便が運転されます。

高野山ケーブルでは2019年3月1日から新型車両にて運行されており、客車部分はスイスのキャビンメーカーのCWA社が手掛け、欧州風の流線型が特徴的なアルミ製の車体に、高野山・壇上伽藍の根本大塔を想起させる朱色をコンセプトカラーとして採用し、和洋折衷のデザインで高野山への「期待感」を醸成しています。

 

高野山上エリアでは南海りんかんバスを利用しよう

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南海りんかんバス

ケーブルカーの高野山駅から金剛峯寺などが立ち並ぶエリアとは少々距離が離れていますので、ケーブルカーで高野山駅で到着後は南海りんかんバスに乗り換えることになります。南海りんかんバス高野山駅前からバス専用道を走りますので、バスを利用せずに歩いていこうと思うととんでもない距離を歩くことになります(笑)

バスと言うと運行本数が気になるところですが、ケーブルカーに接続していますので、難波駅から乗り継ぎよく金剛峯寺まで行くことが出来ます。

 

まずは奥の院

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一の橋

高野山駅前からバスで約14分、「奥の院口」バス停で下車します。まず初めに高野山駅から一番遠い奥の院から参拝を始めるのが一般的です。ここから奥の院までは約2キロの道のりとなります。

奥の院への入り口となる一の橋は、弘法大師御廟に向かう参道入口で最初に渡る橋なので、一の橋と言われます。正式には大渡橋(おおばし)と言われ、昔から、お大師様が人々を、ここまで送り迎えしてくれると言い伝えられています。

 

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参道

表参道入り口、一の橋から弘法大師御廟まで通じる約2キロの参道両側には、何百年も経た老杉が高くそびえ、その老杉のもとには、少しでもお大師様の近くで供養されたいと願う数十万基を超える各時代の、あらゆる人々の供養塔が建ち並び、高野山が日本一の霊場である事をあらわしています。

 

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石田三成の墓

数十万基の供養塔の中には歴史上に名を残した戦国武将の墓も沢山あります。これを目当てに全国の戦国武将マニアが高野山に押し寄せるほど。戦国武将には疎い私でも、名を知っている武将の墓がたくさん見つかりました。

 

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南海電鉄創業者の松本重太郎の墓

流石、南海のお膝元、いや南海が高野山のお膝元というのが正しいのかもしれませんが…南海電鉄創業者の松本重太郎氏の墓もありました。

 

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汗かき地蔵

中の橋を渡るとすぐの、この地蔵堂の中には、汗かき地蔵をお祀りしています。この汗かき地蔵は、世の中の人々の苦しみを、お地蔵様が身代わりになり一身に受けているので、いつも汗をかいていると伝えられています。

 

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御廟橋

この橋を渡ると大師御廟への霊域に入ります。この橋を渡る人は、橋の前で服装を正し、礼拝し、清らかな気持ちで霊域に足をふみ入れます。この橋は、36枚の橋板と橋全体を1枚として37枚と数え、金剛界37尊を表していると言われ、橋板の裏には、仏様のシンボルの梵字が刻まれています。この橋の上で、あの苅萱道心(かるかやどうしん)と石童丸親子(いしどうまる)が初めてめぐり合ったとも伝えられています。この橋は従来、木の橋でしたが、現在は原型通りの石橋に架け替えられています。

なお、ここから先は写真や動画の撮影が禁止されていますので、写真でのご紹介はここまで。この先には燈籠や弘法大師御廟があります。

 

奥の院へは「奥の院口」バス停で降車せず、「奥の院前」バス停までご乗車いただいても観光することが可能ですが、奥の院口から徒歩で奥の院まで向かうのがおすすめ。「奥の院前」からは弘法大師御廟まで徒歩約20分の観光コースになります。ですが、高野山の雰囲気を本格的に味わうには参道を歩かれることをおすすめします。

 

 高野山のもう一つの聖地、壇上伽藍(だんじょうがらん)へ

弘法大師さまが高野山をご開創されたときに、真っ先に整備へ着手した場所ですがこの壇上伽藍です。空海が実際に土を踏みしめ、密教思想に基づく塔・堂を建立しました。この壇上伽藍は、「胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)」の世界を表しているといわれています。高野山全体を金剛峯寺という寺院と見たとき、その境内地の核にあたる場所で、古来より大師入定の地である奥之院と並んで信仰の中心として大切にされてきました。

 

今回はこの壇上伽藍に来たからには見るべきポイントを紹介します。

 

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金堂

高野山御開創当時、お大師さまの手により御社に次いで最初期に建設されたお堂で、講堂と呼ばれていました。現在の建物は7度目の再建で、1932年に完成しました。 内部の壁画は岡倉天心に師事し日本美術院の発展に貢献した木村武山画伯の筆によって、「釈迦成道驚覚開示(しゃかじょうどうきょうがくかいじ)の図」や「八供養菩薩像(はっくようぼさつぞう)」が整えられました。本尊の阿閦如来(薬師如来秘仏)は、洋彫刻の写実主義に関心をよせ、江戸時代までの木彫技術に写実主義を取り入れて、木彫を近代化することに貢献された、高村光雲仏師によって造立されました。内部の写真を撮ることはできませんが、これらの作品は必見です。

高野山で執り行われる重要な行事の大半はここで行われます。

 

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六角経蔵

鳥羽法皇の皇后であった美福門院が、鳥羽法皇の菩提を弔うため、紺紙に金泥(きんでい)で浄写された一切経を納めるために建立された経蔵です。現在の建物は1934年2月に再建されました。経蔵の基壇(きだん)付近のところに把手がついており、回すことができるようになっています。この部分は回転するようにできており、一回りすれば一切経を一通り読誦した功徳が得るといわれています。私は友人と二人で参拝したのですが、その二人だけでも軽々...とまではいきませんが回すことができました。建物を自分の力で動かすということはなかなかないことなので、かなり不思議な感覚になります。

 

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大塔

高野山と言えば、よくパンフレットなどに使用されるのがこの大塔。現在ではシンボル的存在として扱われています。

この大塔は816年から887年ごろに完成したと伝えられており、真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたので古来、根本大塔(こんぽんだいとう)と呼んでいます。多宝塔様式としては日本最初のものといわれ、本尊は胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏(しぶつ)が取り囲み、16本の柱には堂本印象画伯の筆による十六大菩薩(じゅうろくだいぼさつ)、四隅の壁には密教を伝えた八祖(はっそ)像が描かれ、堂内そのものが立体の曼荼羅(まんだら)として構成されています。

 

真言宗の総本山、金剛峯寺を参拝

奥の院、壇上伽藍と来ると次に参拝すべきは金剛峯寺ではないでしょうか?

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金剛峯寺

高野山真言宗の総本山がこの金剛峯寺にあたります。高野山全体の宗務が行われており、住職には高野山真言宗管長が就任するしきたりになっています。

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国内最大級の石庭「蟠龍庭(ばんりゅうてい)」や狩野派の襖絵など見どころが多数ありますが、襖絵に関しては撮影禁止。しっかりと目に焼き付けて帰りましょう。

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高野杉

本堂内には高野杉と呼ばれる杉の木の切り株が展示されていました。実際に見てみると本当に木の切り株なのかと疑ってしまうような大きさで、大変驚かされます。

 

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蟠龍庭

蟠龍とは、天に昇らずに地上でとぐろを巻き、潜んでいる龍のこと。広さ2340平方メートルに及ぶ石庭に、雲海の中雌雄1対の龍が向かい合い、奥殿を守っているように表現されています。

 

昼食は精進料理を体験

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精進料理

折角高野山に参拝に来たのならば、やはり昼食は精進料理ではないでしょうか?日常生活ではほぼ食べる機会のない精進料理ですが、この機会にぜひご賞味ください。

ちょっと腹持ちの悪さは感じましたが、バリエーションの豊富さで肉なしでも満足できるような内容になっていますよー。

 

時間があれば行っておきたい観光スポット

大門

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大門

高野山の入口にそびえる、一山の総門である大門。開創当時は現在の地より少し下ったところにあったようです。山火事や落雷等で焼失し、現在の建物は1705年に再建されました。高さは25.1メートルあります。左右には金剛力士像が安置されています。この仁王像は東大寺南大門の仁王像に次ぐ我が国二番目の巨像と云われ、江戸中期に活躍した大仏師である運長と康意の作です。

この大門付近からの眺望はよく四国や淡路島が見えることもあります。

 

徳川家霊台

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徳川家霊台

1643年に三代将軍・家光によって建立されました。一重宝形造り(いちじゅうほうぎょうづくり)の建物が二つ並んでいて、向かって右が東照宮家康公霊舎(おたまや)、左が台徳院秀忠公霊舎となっています。

建物の内部は漆、金箔、壁画等で装飾されていますが、現在見学をすることはできません。

 

女人堂

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女人堂

その昔、高野山には七つの登り口があり、高野七口と呼ばれていました。1872年に女人禁制が解かれるまで、女性の立ち入りが厳しく制限され、そのため各登り口に女性のための参籠所が設けられ、女人堂と呼ばれました。現在の女人堂は唯一現存する建物で、もっとも高野山駅に近い場所にある建物でもあります。

 

観光列車「天空」帰宅

南海高野線極楽橋駅から橋本駅の間には急こう配の斜面や24個ものトンネル、高低差443mもある山岳区間を楽しんでいただけるよう、観光列車として「天空」を運転しています。

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天空

天空で使用される2200系電車は元々難波から極楽橋駅まで直通する急行列車に使用されていた22000系電車を改造して登場しました。

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車内の様子

座席はすべて難波方面に向かって進行方向左の景色が楽しめるように配置されています。こちら側の景色からは紀ノ川や険しい山岳の景色を一望することができます。

 

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50‰という厳しい勾配区間を走る

また、編成中には一か所オープンデッキが備え付けられていますので、山々を抜ける風や険しい坂道を登ったり下ったりする車両の走行音を堪能できます。

 

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急行列車

橋本駅では急行 なんば行きに接続していますので、橋本駅到着後も便利なダイヤ設定になっています。

 

普通乗車券に追加520円(子供260円)で利用することができますので、利用してみてはいかがでしょうか。

www.nankai.co.jp

 

高野山観光に便利な切符

今回、私が利用したのは阪急電車が販売する「高野山1dayチケット」。阪急電車、大阪メトロの全線と、南海の高野線系統の路線、南海りんかんバス高野山内が乗り放題となった切符です。また、能勢電版は阪急版に加えて能勢電全線が乗り放題となっています。高野山までの往復だけで十分元が取れる切符ですが、高野山内で使える便利な割引クーポンもセットになっています。このほかにも、高野山参拝には便利なフリー乗車券が販売されていますので、ぜひご利用ください。

www.hankyu.co.jp

 

高野山を参拝してみた感想

真言宗の総本山である、高野山。その山頂付近は麓とは違った空気感の流れる場所でした。高野山までの長い道中、いや利便性については現在申し分のないほどだと思いますが、ここに至るまでの間、都心の風景、住宅街の風景、田畑の風景と人々の営みが感じられ、また高野山に参拝して気持ちを改めて生きていこうと思えるような場所であったと思います。別段、天台宗もとい仏教を信仰しているわけではないですし、これからも厚く信仰しようと思うわけでもないですが、一生に一度は訪れたほうが良い場所であると思います。四国88か所めぐりの起点と終点にもなっている高野山、機会があればぜひ足をお運びください。

【なぜに世界遺産】石見銀山観光の虎の巻 2020/8/5-7 島根④

山陰地方唯一の世界遺産として知られる石見銀山。山陰に旅行へ行くなら一度は行ってみたいと思われる方も多いのではないでしょうか?今回は、石見銀山世界遺産に認定された理由とぜひ行くなら見ておきたい見どころについて紹介していきたいと思います。

 

目次

 

2007年に世界文化遺産に認定!

 「石見銀山遺跡とその文化的景観」は2007年に鉱山遺跡としてはアジアでは初めて世界遺産に登録されました。その規模は東京ディズニーランド約11個分にも及ぶ529haで、間歩と呼ばれる坑道だけでなく、鉱山と共に発展した趣深い町並みには今も人々が暮らし、歴史を伝え残しています。

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大森町石見銀山の残る自然

世界遺産に登録されている鉱山遺跡は極めて異例の存在。しかし、石見銀山世界遺産登録の決め手となったのは、山を崩したり森林を伐採したりせず、狭い坑道を掘り進んで採掘するという、環境に配慮した生産方式をとっていたという、他には類を見ない存在であったということです。

一般的に銀山開発には銀の精錬のため多くの木材が必要で、山の木が無くなることが通常でしたが、石見銀山では、採掘当時から山を崩したり森林伐採をせず、銀鉱脈に沿って狭い坑道を掘り進める採掘方法や伐採した数と同じだけ植林を行うなど適切な森林管理が行われていました。

これが、21世紀が必要とする環境への配慮がすでに行われていたと高く評価されることになりました。

また、採掘から搬出までの銀山運営の全体像がしっかりと残りそれを今の時代にも伝えられていること、石見銀山の銀がアジアやヨーロッパ諸国の経済や文化の交流に影響を与えたことなども世界遺産登録の重要なポイントとなりました。

 

石見銀山の基礎知識

採掘から精錬まですべて手作業で行われていた石見銀山は、間歩(坑道)や製錬工房跡、住居跡などが多数残っています。 石見銀山の観光を最大限に楽しむ秘訣は「繋がりを考える」こと。石見銀山の発展がどのように影響したのか、銀の採掘と精錬がもたらした銀山に住む人々の生活などを複合的に観察して考察することが重要になってきます。

つまり、ただ単に坑道や町並みを眺めるだけでは石見銀山の真価を理解するということができません。まずは、石見銀山を楽しむための基礎知識を学びましょう。

 

石見銀山の歴史

石見銀山鎌倉時代末期には発見されており、この頃からある程度の露天掘りが行われていました。しかし、これは本格的なものではなく必要なときに必要な量だけ掘り出すというものでした。

本格的に開発に乗り出したのは博多の大商人、神谷寿貞とされています。神谷寿貞は博多から宗丹と桂寿を招き海外渡来の銀精錬技術である灰吹法により精錬されました。この技術でより効率的に銀を得られるようになり、全国の鉱山に伝えられ、日本における銀産出に大きな貢献をすることになります。

石見銀山はその後、日本経済の商業的発展を大きく支えることとなります。国内での通貨として用いられたほか、明でのポルトガルやオランダとの交易に利用されることになりその経済規模の為に銀需要はかなり大きかったと言えます。当時の世界の銀産出量の3分の1を日本の銀が占めたとも言われています。

江戸時代には江戸幕府の直属領として産出が進められ、明治時代には民間に払い下げられました。1886年からは大阪の藤田組(現在のDOWAホールディングス)により再開発が進められましたが、1943年には完全閉山となりました。

 

 石見銀山から広まった精錬方法、灰吹法

貴金属の鉱石は基本的に混合物として採掘されますが、反応性は低いので金や銀の鉱石を融解した鉛に投じると、鉛に溶け込んで合金を生じます。この金銀が溶け込んだ鉛を空気を通しながら約800-850℃に加熱すると、鉛は空気中の酸素と反応して酸化鉛になります。銅、鉄、亜鉛といった不純物は酸化して酸化鉛と混合します。残った貴金属粒子は吹金(灰吹金)あるいは灰吹銀と呼ばれました。

残った貴金属合金粒子から金と銀を分離するには、硝酸で銀を溶解するか、電解を行えばよく、江戸時代の日本では金を含有する灰吹銀に鉛および硫黄を加えて硫化銀を分離し、金を残すという手法が採られました。

日本には1533年に伝来し、石見銀山で確立されたのちに日本全国の鉱山へ技術者が移住することで日本全国でこの灰吹法が用いられることになったのです。この貴金属の精錬方法は日本の金属の生産に大きく影響したといわれています。

 

石見銀山を観光しよう!

石見銀山へ行くなら絶対に見ておきたい龍源寺間歩

石見銀山には銀山採掘のために掘られた「間歩(まぶ)」と呼ばれる坑道や水抜き坑などが700余り確認されています。

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新切間歩

写真のような間歩が至る所に存在します。鉱物が沢山採掘されるとその間歩が更に掘り進められることになるので、穴の大きさと鉱物の採掘量はかなり密接に関係しているようです。大きな間歩を見つけたときにはこの間歩では沢山採掘されたんだなと思いをめぐらしてみてください。

間歩の中は基本的に鉱脈に沿って掘り進められているので内部は入り組んでおり、中には急な勾配もあります。内部は基本的に立入禁止です。興味本位で間歩に入り込んだ方が過去に転落して亡くなったという事例もあるようで…絶対にやめましょう。

 

間歩のほとんどが一般人の立入は禁止されていますが、唯一一つだけ一般公開されている間歩があります。それが龍源寺間歩。

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龍源寺間歩

龍源寺間歩は唯一通年で見学することのできる間歩です。江戸時代の中期に開発された大坑道で、全長600mのうち、約3分の1が公開されています。

間歩の中の気温は外気に比べて-10℃ほど低く、中はひんやりしています。これは内部の湿度が高いことが影響しているとか。私が訪れたのは満夏真っ盛りだったので自然のクーラーを楽しむことになりました。

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龍源寺間歩に残る横穴

あちこちに掘り進められた横穴や排水のための竪坑など、複雑な坑道の仕組みを垣間見ることができます。このような横穴が沢山ありますので、中で迷子になって遭難してしまうというわけなんですね。また、坑道の壁面には当時のノミの跡がそのまま残っています。

 

龍源寺間歩までの道のりにも見どころが沢山

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高橋家

銀山町年寄山組頭の遺宅で茶室を設け、付属建物では酒造なども行なっていたという銀山屈指の建築です。「山組頭」は鉱山の取締役で鉱夫の人事や物資の購入などを担当していました。

 

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要石(かなめいし)

前述のように石見銀山で良く用いられた精錬方法の灰吹法では精錬前の鉱石を砕く必要があったことから、当時から使用していた要石が家の軒先に置かれていました。炭鉱夫以外にもこの炭坑地区に住んでいた方が石見銀山とどのように密接にかかわってきたのかよくわかる証拠だと思います。

 

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銀山地区にはお墓が残る

こちらは銀山地区に残るお墓と言うわけですが、炭鉱生活をしていた人々のお墓がたくさん残っています。

先述した灰吹法を用いた精錬を扱っている人々は、酸化鉛や水銀の粉塵を吸い込むことで鉛中毒や水銀中毒を発症し、鉱山での劣悪な環境も相まって30歳まで生きられた鉱夫は尾頭付きの鯛と赤飯で「長寿」の祝いをしたほどだったそうです。

 

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集落跡

こちらの写真は石見銀山の採掘に当たっていた人々が住んでいた集落の跡になります。石で階段状になっているところにかつては家が立ち並んでいたそうです。

 

ガイドツアーが断然おすすめ

環境保護のため自家用車の立ち入りはかなり規制されている関係で、龍源寺間歩へ直接車で行くことはできませんので、石見銀山大森観光案内所の前の駐車場に車を止めてそこから30分から45分ほど歩くことになります。電動自転車のレンタサイクルを利用していくこともできますが、ここでおすすめしたいのがガイドツアー。この長い道のりを利用して石見銀山のことを詳しく伝えてくれます。

これまでに紹介したように龍源寺間歩以外にもその道のりには様々な見どころがあります。一人では見逃していますようなところでも、丁寧なガイドの方の解説によってまわることができます。「石見銀山観光ワンコインガイドツアー」は大人500円、小中学生100円ですので、時間さえ合えば参加の価値は十分にあると思います。ガイドツアーに参加することでまた見え方が変わってくるのではないかと思います。

 

 古い町並みが立ち並ぶ大森地区

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大森地区の町並み

江戸時代の武家屋敷や代官所跡、石見銀山で栄えた豪商・熊谷家住宅など、歴史的な建造物や文化財が並び、当時の面影を今に伝えてくれます。その通りをのんびり散策すると、どこか懐かしい雰囲気に包まれます。その景観を壊さないよう、自動販売機も木製枠で造られているなど様々な工夫が施されています。

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熊谷家住宅



近年では、古民家の趣を残しつつ新しさも取り入れたお店やカフェなどもあり、落ち着いた雰囲気に癒される人気のスポットになっています。銀細工を扱ったお店もあり、お土産などを購入することもできます。

 

更に石見銀山のことを詳しく知りたいなら世界遺産センターへ

石見銀山世界遺産センター」は、石見銀山の歴史と技術を紹介する展示や、石見銀山の調査・研究センターとして、最新の調査成果を公開していく施設です。
当時の銀の精錬技術である灰吹法(はいふきほう)を解説する常設展示などのほか、企画展も開催します。展示コースの最初には、全て銀でできた御取納丁銀の5倍のサイズのレプリカが飾ってあります。

 

石見銀山での移動手段は?

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グリーンスローモビリティ

石見銀山への一番の最寄り駅は大田市駅ですが、そこからバスで1時間ほどかかるので可能であればマイカーまたはレンタカーで訪れられることをお勧めします。銀山地区と大森地区も少し離れた距離にありますし、世界遺産センターへも少し距離が離れていますので石見銀山内での移動にも車が便利です。しかし、石見銀山では環境保護の観点から大森観光案内所までしか観光車両は立ち入ることができません。しかし、その先徒歩45分ほどの距離には龍源寺間歩があるなど移動はかなり大変。そこで、私が訪れた際には社会実験の一環で電動自動車を用いたグリーンスローモビリティが運行されていました。運賃は当面の間無料と言うことでしたが、銀山内での移動に大きく役立てることができました。

 

観光の所要時間など

石見銀山での観光の所要時間は3-4時間程度で周ることもできますが、是非とも6時間ほどかけてゆっくり周っていただきたいと思います。ぜひとも島根県へ足を運ばれる際には石見銀山にもお立ち寄りください。

【お知らせ】YouTubeで「コア鉄スペシャル」シリーズを公開中

YouTubeチャンネルにて「コア鉄スペシャル」シリーズの更新を始めました。

これまでYouTubeチャンネルでは、本ブログに動画を掲載するための手段として使用してきましたが、試験的にYouTubeを本格的に活用してみるという運びになりました。

 

この「コア鉄スペシャル」というのは、鉄道ファン目線から見た特徴ある車両や列車の動画を公開するというもので、鉄道ファンにも一般の方にも楽しんでいただける内容となっております。

コンテンツとしては、現在のところ紹介する車両(or列車)の発車動画+概要欄にて詳しい説明となっていますが、将来的にはアフレコによって動画本体に説明を加えるといったことも考えております。

 

YouTubeチャンネルに関して、まだ試験的な運用かつ方針が未確定ということもあり、実用的な活用が出来ていないということが現状であります。「コア鉄スペシャル」シリーズに関しましても試験的な運用ですので、急遽変更になることもあることをご承知おきください。

 

今後ともよろしくお願いいたします。

 

これまでに公開した「コア鉄スペシャル」シリーズ


【コア鉄スペシャル #1】運用番号表示器に注目(ネタバラシは概要欄へ)


【コア鉄スペシャル #2】つり革の違いに注目


【コア鉄スペシャル #3】しらさぎ用の681系が京都駅へ!


【コア鉄スペシャル #4】JR東海の気動車が毎日京都駅にやってくる謎

【2020年度末で引退】近鉄12200系に乗ってきた! 2020/9/9

 今年度末で引退することが決定している、近鉄12200系。少し前に私のブログでも紹介した車両ですが、今回は実際に乗車することができましたので、車内の様子などを中心に紹介していきたいと思います。

 前回記事はこちら。まだご覧になっていない方は、ぜひこちらの記事もご参照ください。

miyakoji-cityliner.hatenablog.com

 

近鉄12200系についてもう一度確認しておきましょう。

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近鉄12200系

1970年に開催される日本万国博覧会(大阪万博)に歩調を合わせて「伊勢・志摩を万博第2会場に」という合言葉のもと、万博輸送の便を図るべく難波線の建設を推進するのと並行して、万博来場客を伊勢志摩に誘致させるべく鳥羽線の建設を行い、また志摩線では改軌工事が完成することに合わせて、難波・名古屋の両駅と賢島駅の間に直通特急が運転されることになり、この時の輸送量増加を見越して特急車両を大量増備する名目で製造されました。かつてはスナックコーナーと呼ばれる供食設備があったため、スナックカーと呼ばれています。

そんな12200系ですが、登場から50年一般用車両にはもっと古い車両が沢山ありますが、流石に老朽化は避けられないのか、2020年春に登場した新型特急車両80000系「ひのとり」によって今年度末までに全車置き換えられることが決定しています。

 

新型車両にも負けない超快適な客室

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車内の様子

 12200系は1985年から1996年にかけて車内のリニューアル工事を施工しています。

内装を明るい色調の物に変更し、座席のリクライニング方式は3段式からフリーストップ式に、出入台と客室内に仕切りを設けるなど多岐にわたっています。この徹底したリニューアルのおかげで古さを一切感じさせない車内になっていると感じました。まさか、この車内を見て誰も50年前の車両だとは思わないでしょう(笑)

 

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座席からの様子

座席に座った視点から見るとこんな感じ。暖色系の照明が心を安らいでくれます。また、窓も大きいので流れゆく車窓を満喫することもできます。

デッキとの仕切りには号車表示と禁煙/喫煙表示のみで比較的シンプル。一般的によくある広告が無いので、この落ち着いた雰囲気をよりよくさせているような気がします。次駅案内などをするためのLED表示機が設置されていないですが、1985年ごろのリニューアルだとそこまで期待するのはちょっと厳しいですかね。

今年の春まで喫煙車が連結されていましたが、全車禁煙に変更されました。喫煙ルームは設置されていないので、12200系では煙草を吸うことはできなくなりました。

 

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座席

座席は先ほど紹介しました通り、フリーストップ式のリクライニングシート。クッション性も程よく、長時間の乗車にも十分適応できそうです。フットレストは装備されませんが、前の座席の下がが少しくぼんでいますので足を置くことができます。テーブルはインアーム式のものですので、パソコンを広げるのは不可能と思われるサイズ。ギリギリ駅弁が乗る程度の大きさです。コンセントも装備されていませんが、リニューアルの時期を考慮すると十分な設備だと思います。まぁ、現代の車両としては少し物足りないと思いますが...。少々残念な点とすれば、二人掛けの座席の間にヒジ置きがない点でしょうか。知り合いで座るなら問題ありませんが、見知らぬ人と隣で座る場合、ちょっとそわそわとした気分になるかもしれません。

 

清潔感のあるデッキ

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洋式トイレ

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和式トイレ

トイレは洋式、和式それぞれひとつずつ設けられています。両方ともしっかりと掃除されており、清潔感が十分感じられました。リニューアルから30年近くが経過しているわけですから、徹底した清掃のお陰でここまでの清潔感が保たれているのでしょう。

 

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洗面台

洗面台はデッキに一つだけ設けられていました。水道は自動ではなく、床にあるペダルを踏むことで水が出る仕組みになっています。

 

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おしぼり

近鉄特急名物のおしぼりもしっかりと準備されています。一人一本までの旨が記されています。

 

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鏡の反射を見ていただくと分かると思いますが、デッキはそこまで広くなく必要最小限の設備のみが整っているという感じです。写真は洗面所の鏡ですが、なんと洗面所はドアのすぐそばにありますので、停車中の洗面所の利用は避けた方が良さそうです。洗面所の向きを変えるなどのことはできなかったのでしょうか?元々、リニューアル前まではデッキと客室の間の仕切りが無かったので、デッキが区切られているだけまだましなのかもしれませんが…。客室がかなり快適なだけに少し残念です。

 

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ドア

ドアは折戸ですので、開閉の際には十分ドアから離れておく必要があります。ドア自体は狭い印象。おそらく車いすでの利用は難しそうです。

 

他の編成と連結している場合は運転室に入れる!

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運転室へのドアが開いている

近鉄特急の一般車両は様々な両数の車両を連結して編成を組むことを前提としているので、通り抜けのために連結時には貫通扉が開いています。車内から方向幕が見れるというのがどこか新鮮ですね。

 

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運転台

通り抜けの際には運転台を見ることが出来ます。

車掌台に立ち入ることもできそうでしたが、乗務員の方が移動で利用されていましたので、車掌台に入ることはやめておきました。

 

歳の差40年以上⁈の車両が連結される

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22600系と連結されていた

今回私が乗車した列車は22600系と連結されていました。22600系の登場は2009年ですから歳の差はなんと40年以上。こんな年の離れた車両同士を連結して運用する会社もなかなか無いと思います。両者を乗り比べてみるのも面白いかもしれません。私は22600系には乗車したことがありませんので何とも言えませんが、噂に寄れば12200系をはるかに超える超快適だとか。12200系でさえ、超快適な乗り物なのに22600系は一体何者⁉という感じですね。

 

引退までカウントダウンが始まっている近鉄12200系。引退までに是非一回は乗っておくことを強くお勧めします。

出雲観光のススメ 2020/8/5-7 島根③

神話の国として知られる出雲。

9月11日に運行開始された「WEST EXPRESS 銀河」は11月までの3か月間は京都・大阪~出雲市間で運行されます。

8月初頭に家族と出雲市方面へ旅行に行ってきましたので、今回は出雲での観光スポットを一挙紹介します。WEST EXPRESS 銀河に乗車予定の方、そうでない方も、必見ですよー。

 

目次

 

出雲市で「サンライズ出雲」を観察

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サンライズ出雲(写真は松江駅で撮影)

「WEST EXPRESS 銀河」は出雲市に9:31に到着します。ちなみに東京方面からの「サンライズ出雲」の到着は9:58。関西圏の方にとっては深夜に通過してしまうのであまり縁のない「サンライズ出雲」をじっくり観察することのできる機会にもなります。

ちなみに上り列車の発車時刻は16:00で「サンライズ出雲」の発車時刻は18:51。「サンライズ出雲」は「WEST EXPRESS 銀河」を備中高梁で追い抜かすようなので、出雲市ではなく備中高梁で撮影が可能ですね(「WEST EXPRESS 銀河」に乗り遅れても最悪「サンライズ出雲」で追いつける…)。

 

出雲大社へは一畑電車

出雲市駅から出雲大社へは少し距離が離れているので路線バスまたは一畑電車で移動する必要があります。路線バス、一畑電車共に所要時間は20分程度。そこまで差が無いので一畑電車で向かうのがおすすめです。

後程詳しく説明しますが...サイクリングも鉄道好きにはおすすめ。(諸事情により)サイクリングコースが整備されているので自転車で出雲大社へ向かうことも可能です。出雲大社まで10km、レンタサイクルで向かうのも良いですね。

 

さて、私は電鉄出雲市駅から一畑電車を利用して向かいましたよ。

※復路で利用したときの様子も含めて紹介していますので、私が実際に利用したものとは異なります。

「ご縁電車しまねっこⅡ」に乗って出発進行!

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電鉄出雲市駅に停車中の1000系「ご縁電車しまねっこⅡ」

一畑電車で使用されるのは一部を除いて関東圏で通勤電車として使用された車両。写真の1000系は元東急1000系東急東横線東京メトロ日比谷線で使用されていました。

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車内の様子

車内はワンマン対応改造されている点や先頭車化改造されている点を除いて東急時代の雰囲気をかなりよく残していると思います。東急独自のモケットのパターンなども現役です。…実は私、東急電車に乗車したことはないのですが。

乗車した1003編成は「ご縁電車しまねっこⅡ」として装飾が取り付けられています(床のあみだくじなど)。

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しまねっこも乗っている

図々しく座っているマスコットは島根県ゆるキャラしまねっこ。な、何と座席一人分を占領しています。ラッシュ時には迷惑な存在。それに新型コロナウイルス流行中の今、マスクを着けて乗車しないと...マスクについては賛否両論がありますが...。

と、うじゃうじゃ言っていますが、観光客にとっては可愛い癒しの存在ですね。

 

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1000系(右)はデハ50形の塗装を纏った車両もある

1000系は「ご縁電車しまねっこⅡ」以外に2編成存在し、これらの車両はデハ二50形(後述)と同じ塗装を纏っています。

 

川跡駅大社線に乗り換え

電鉄出雲市駅から松江しんじ湖温泉行きに乗車します。電鉄出雲市から松江しんじ湖温泉を結ぶのは北松江線という路線なのですが、北松江線出雲大社前駅へは行ってくれません。そのため、川跡駅大社線に乗り換える必要があります。一日に数本、電鉄出雲市駅松江しんじ湖温泉駅出雲大社前駅を結ぶ直通列車が運行されていますが、本数が少ないのでほとんどの場合は川跡駅で乗り換えが必要になります。

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川跡駅では3列車が同時に並ぶ

川跡駅では乗り継ぎの便を図るため、3方向(電鉄出雲市行き、松江しんじ湖温泉行き、出雲大社前行き)の列車が同時に発着します。

 

小田急ロマンスカーの座席に座って出雲大社

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5000系電車

元京王5000系は一畑電車に6編成譲渡(うち1編成は廃車)されて活躍しています。そのうちの2編成は観光輸送を重視した5000系となっています。

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車内の様子

車内は2+1列のクロスシートが中心でドア付近にはロングシートを配しているセミクロスシートとなっています。

1人掛けのクロスシートはオリジナルの転換クロスシートですが、2人掛けのクロスシートに関しては小田急3100形NSEの回転クロスシートが使用されています。足元にペダルが無いタイプで背面を座面の方に少し倒すことで回転します。リクライニング機構はついていません。

5000系は2編成存在しますが、もう1編成は「しまねの木」として木を多用した車内に改装されています。

なお、5000系ではない元京王5000系は2100系電車として活躍しています(今回の旅では見ることが出来ませんでした、残念)。

 

出雲大社駅で日本最古級のデハ二50形を見学

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出雲大社前駅

出雲大社前駅に到着。駅舎は国の登録有形文化財や近代化産業遺産にも登録されています。

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デハ二50形

出雲大社前駅にはかつて一畑電車で活躍したデハ二50形が保存されています。

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車内を見学することができる

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運転台も見学することができる

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「カラオケ」はイベント用に改装された際に取り付けられた

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デハ二50形最大の特徴である手動扉も健在

デハ二50形は車庫のある雲州平田駅でも保存されていて体験運転もできます(要予約、有料。新型コロナウイルスの影響で休止中)。

 

大屋敷のような純和風の大社駅を見学

現在、鉄道で出雲大社へ行くには出雲市から一畑電車に乗車するしかありませんが、1990年まではJR大社線出雲市駅と出雲大社最寄りの大社駅の間を結んでいました。特定地方交通線第三次廃止対象線区として指定され廃止されるに至りました。かつては東京直通の急行列車や名古屋ー大社間の急行「大社」や大阪ー大社間の急行「だいせん」も運行されていましたが、末期は線内折り返しの普通列車のみの運行でした。

大社線の終点の駅である旧大社駅は廃線後も保存され、国の重要文化財と近代化産業遺産に指定されています。

 

旧大社駅へは出雲大社前駅を出て左(出雲大社と反対の方向)へ進みます。

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堀川を渡る

途中堀川を渡ります。この堀川、真ん中に仕切りの塀が設けられています。これは高浜川と古内藤川という二つの河川が合流していますが、水位が違うので間に仕切りが設置されているようです。写真でも水位の差が見て取れると思います。

 

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道路標識

10分くらい歩きますと、左手に旧大社駅が見えてきます。

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旧大社駅

標識のある道を曲がると旧大社駅が見えてきます。宮殿風造りで出雲大社をイメージして全国でも珍しい神社様式を取り入れています。

黒瓦をのせた重厚な駅舎は、中央に破風を備え、左右対称に広がる屋根には、棟の両端に鴟尾を、合掌部分に懸魚をあしらうなど、和風趣向が際立ちます。設計者は当時の神戸鉄道管理局技手の丹羽三雄で、建築界の先駆者、伊東忠太が関与したと思われるデザインが各所にあります。特に屋根の下り棟の先端には、亀のいろいろな動きを模した瓦が使われています。伊東は同時期に出雲大社神苑の整備設計に携わっており、駅舎建築に際して何らかの助言を行った可能性があると言われています。

この駅舎は二代目で初代の駅舎が手狭になってきたことから1924年に改築されました。

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駅舎はほぼ現役当時のまま残されています。駅舎正面は三等待合室として設計され、広い空間が広がります。赤字ローカル線の終着駅とは思えない雰囲気。当時の賑わいを想像させます。

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出札口

駅舎入って正面に出札口(切符売り場など)が広がります。内部には全盛期の様子を再現すべく人形が置かれています。

6角形の照明や窓口上部の庇などかなり凝った造りであることが分かります。左側に観光案内所の行燈式看板が設けられており、後年に出札場が移転することになるわけですがその時に設けられたものと思われます。観光案内所となったことでこのレトロな出札口は解体を免れたのですかね。

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切符売り場

左手には移設後の物と思われる切符売り場があります。「きっぷうりば」の文字が印象的です。

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旅館の案内

今では旅館やホテルの予約と言えばインターネットが一般的ですが、インターネットが普及するまでは電話予約が一般的でした。大社駅に着いてから宿泊地を決めるのにこの看板を参考にされた方と言うのも数多くいるでしょう。旅館の名称だけで決めるというのもなんとも難しい話ですよね。名前の印象だけで決めることなのでなかなか難しい。部屋の様子とかどんな料理が出るかとか全く分からないわけですから。

 

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ホームもそのまま残されている

駅舎を抜けるとホームが広がります。2面3線の国鉄の駅でありがちな構造をしていますが、大都市圏からの列車も発着していましたので長編成が十分対応できる長さになっています。

写真向かって奥が出雲市方面です。

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出雲大社の大鳥居が見える

終端側は3つの線路が一つに集まり入れ換えができるように線路がかなりの長さで伸びていたようです。大社駅のホームから出雲大社の大鳥居を眺めることができます。

大鳥居が見えると、出雲大社まで目と鼻の先のような気がしますが、実際はここから徒歩で20~25分ほどかかります。一畑電車出雲大社前駅から出雲大社までは15分程度。この差ってのはやはり大きいもので、大社線が赤字であったのもこれが原因の理由の一つかもしれません。徒歩20分って言われると少し果てしない感じがしますよね…。

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鉄板にはウサギと稲穂がデザインされている

大社駅には跨線橋はなくホームにある階段を降りて隣のホームへ行く仕組みでした。列車の入線時などに階段を塞いで線路に降りることができないようにしていたのがこの鉄板の役割でした。

因幡の白兎伝説にあやかってウサギと稲穂のデザインにしているのがなんともお茶目です。一般的にこのような鉄板は無地が基本なんですがね。ペイントではなく金属の加工によってデザインされているので今でも色あせずに残っています。

 

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D51 774号機が保存されている

旧大社駅のホーム上にはD51 774号機が保存されています。

廃車後は出雲大社の境内に保存されていましたが、2001年にこの旧大社駅に移設されました。この機関車は山陰本線蒸気営業運転最期を飾るなど山陰本線で大いに活躍した機関車であります。

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駅舎をホーム側から眺める

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臨時改札口

東京や大阪などからの長距離列車が発着する際などは通常の改札口だけでは処理しきることができないので横に臨時の改札口が設けられていました。長距離列車が到着したときには大量の観光客相手に出雲大社観光のためのツアーバスが多数待ち構えていたそうです。この臨時改札口の存在が旧大社駅の全盛期を忍ばせてくれます。

駅舎だけでなくこのような付帯設備まで保存してくれているのが、この旧大社駅の魅力ですね。

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駅名票

大社線の廃止は国鉄分割民営化後ですから、駅名票はJR西日本仕様のはず…なのですがなぜ国鉄仕様なのでしょうか?

 

基本情報

名称 旧大社駅
住所 島根県出雲市大社町北荒木441-3
電話番号 0853-53-2885
HPアドレス https://www.izumo-kankou.gr.jp/172
営業時間 9:00~17:00
休業日 2020年10月末から2025年度まで「旧大社駅保存修理事業」による建造物保存修理工事実施
料金 無料
トイレの有無 有り

 

 昼食は出雲そばを食べよう!

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出雲そば

日本三大蕎麦のうちの一つにも数えられる出雲そば。出雲に行けば必ずと言っていいほど目にします。

出雲そばの特徴的な食べ方として割子蕎麦があります。三段重ねとなったものが一般的で、別途薬味と出し汁の容器がついています。

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割子そば(二段目)

食べ方にも特徴があり、だし汁自体を器に入れ、その上に青ねぎ、海苔、大根おろしと鰹節などの薬味を載せて頂きます。三段重ねの場合、まず一番上の割子にだし汁を入れて蕎麦を食し、食べ終わったら残っただし汁を二段目にかけて食す、というふうに、だし汁を使い回しながら上から順に食べていきます。

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割子そば(3段目)

このため、三段目にもなると一段目と二段目の薬味が混ざり合い、より奥行きのある味わいになっていきます。

今回、私たちが食べましたのは、旧大社駅のすぐ目の前のお蕎麦屋さんです。このお蕎麦屋さん以外にも、沢山のお蕎麦屋さんが出雲大社周辺にありますので、気に入ったお店に入ってみましょう。

 

そして、いよいよ出雲大社

出雲市と言えばやはり出雲大社でしょう。前述の出雲大社前駅からは徒歩15分程度、旧大社駅からは25分程度かかります。

神門通りを通って出雲大社

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宇迦橋の大鳥居

神門通りの入り口、宇迦橋のたもとに立つ大鳥居です。高さは出雲大社御本殿より1m低い23m、柱の周囲6m、直径は2mの鉄筋コンクリートの鳥居で、中央の額は畳6畳敷きの大きさです。本殿までの計4基の鳥居のうち、ここが一の鳥居と呼ばれます。

この鳥居へは出雲大社前駅から出雲大社方面へ向かうと通ることができないので、少し反対側(旧大社駅の方)へ向かうことになります。

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神門通り

宇迦橋から勢溜の大鳥居まで700m続く出雲大社門前町です。先ほど紹介した名物の出雲そば出雲ぜんざいなどの食事処やカフェ、縁結びグッズなどのお土産屋などが立ち並びます。

 

出雲大社を参拝する!

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出雲大社

神門通りは上り坂になっていますので、坂道を登りきると出雲大社の境内に着きます。

この鳥居は勢溜(せいだまり)の鳥居と言って出雲大社に合計4基ある鳥居の二つ目の鳥居になります。高さ8.8m、横幅12mの鋼製の大鳥居。木造の鳥居が一般的には多いですが、金属製の物は珍しいのではないのでしょうか。

 

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勢溜の鳥居から神門通りを眺める

勢溜の鳥居は地形的に少し盛り上がったところの頂上にありますので、神門通りや宇迦橋の大鳥居を一望することが出来ます。

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出雲大社の参道は全国的にも珍しい下り参道

参道を下ると祓橋(はらえのはし)、三の鳥居と続きます。

三の鳥居を抜けると日本の名松100選に選ばれている松並木が続きます。参道は中央と両側の三つに分けられ、中央は神様の通り道ということで、昔は神職や皇族の方以外は通行できませんでした。現在は松の根の保護のために中央は通行できないので、端を歩くことになります。

そんな有名な松並木とは知らず、素通りしてしまった…。

 

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大国主大神の「ムスビの御神像」

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左手には「御慈愛の御神像」

境内の入り口手前、右手には出雲大社主祭神大国主大神の「ムスビの御神像」、左手には「御慈愛の御神像」があります。 

大国主大神をおまつりする出雲大社

出雲大社主祭神である大国主大神は、多くの兄弟の末っ子として出雲に生まれました。大きな袋と打出の小槌を持って米俵の上に立つ「だいこく様」の姿でも有名です。
神話では「因幡の素兎」が有名で、サメに全身の皮を剥かれた白ウサギが、大国主大神の兄達から“海水に浸かり風に当たれば治る”と教えられ、そのとおりにしたところ傷は酷く悪化してしまった。ウサギが痛みで泣いているところを遅れてやってきた大国主大神がやって来て、“真水で塩を洗って蒲(ガマ)の穂に包まれると良い”と教えたところ、ウサギの傷が癒えたというお話で、大国主大神の優しい性格がうかがえる一幕です。
大国主大神は出雲王朝を繁栄させるという偉業を成し、多くの女神と結婚してたくさんの子供をもうけました。大国主大神が縁結びの神様と言われる由縁でもあります。

 

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四の鳥居の銅鳥居

四の鳥居は青銅製で、1666年に毛利元就の孫の孫にあたる毛利網広が寄進したもので、国の重要文化財に指定されています。

写真をよくわかると思いますが、参道が本殿まで真っ直ぐ伸びておらず、四の鳥居をくぐったところで少し参道が曲がっているのが特徴。参道が本殿まで真っ直ぐ伸びている神社が一般的に多いと思いますが、このように少しずれたところに本殿があるというのも珍しいと思います。

 

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拝殿

1963年に新築された拝殿は、戦後最大の木造神社建築だそうです。高さは12.9mで、大社造りと切妻造の折衷様式となっており、ご祈祷や奉納行事などに使用されることが多いようです。しめ縄が一般の神社とは左右逆なところにも注目すべきだそうで…私には一般的なしめ縄の向きが分からないので、これが左右逆さと言われましても…という感じです(笑)

 

ちなみに出雲大社の参拝方法は一般的な神社と少し異なり、二礼二拍手一礼ではなく二礼四拍手一礼です。拍手の数が二回多いんですね。境内には四回手を叩く、珍しい光景が広がります。

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八足門

御祭神に最も近づける門で、通常はここから本殿を参拝することになります。本殿と八足門の間には楼門があり、正月五カ日は八足門が開放されて楼門前まで入る事ができるようで...。

私が訪れたのはバリバリ夏休み期間中でしたが、観光客の姿はまばらでそこまで混んでいるという印象は受けませんでした。写真のような他の参拝客が一切いないようなことは珍しいと思います。これもコロナのせいだと思うと、観光業界への大きなダメージは測りしれないのでしょう。

 

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本殿

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本殿(別の角度から)
大社造りと呼ばれる日本最古の神社建築様式です。1744年に再建されたもので、平成の大遷宮で大屋根や千木などが新装されました。高さは約24m、厚い桧皮葺きの屋根の棟の上には長さ7.9mの二組の千木が交差しています。
御神体稲佐の浜のある西の方角を向いて鎮座されているので、本殿正面からは神様を横から参拝する形になります。
かつてこの本殿は高さ約100mもあったとされており、かなり昔の建築技術で建てていることになりますから、感服の思いです。次の何かの修理の際に当時の高さに復元していただきたいような思いもあります。
 
 
本殿の周りは一周することができるので、様々な角度から本殿を探訪することが出来ます。

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ウサギ視点から本殿を眺める
因幡の白兎伝説に基づいて本殿の周りには小さなウサギの石像が並びます。大国主大神に感謝の印を示しているのでしょうか。可愛らしい見た目をしてるので、写真映えスポットです(笑)
 

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彰古館

本殿の周りには彰古館などの建物が本殿の周りには立ち並びます。

写真は彰古館(しょうこかん)で、境内北西の隅に建つ木造二階建ての建物です。登録有形文化財に指定されており、1階にはだいこく様と恵比寿様の像が展示され、2階には出雲大社の信仰に関する資料が展示されています。

 

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楽殿

巨大なしめ縄が印象的なこの建物は神楽殿で、祭典、祈願、結婚式などが行われるところです。大広間は270畳式の広さがあり、神社建築には珍しく正面破風の装飾にステンドグラスが使われています。正面には日本最大級の大注連縄(長さ 13.6 m、重さ 5.2 t) があります。

楽殿の横には日本一大きな国旗があります。その大きさはなんと畳75畳分(約14 m×9 m)、ポールの高さ47mと超巨大サイズ。何気に一番この国旗が目立つ存在で、遠くから出雲大社の方向を見ると、鳥居やご本殿が見えなくてもこの超巨大な鳥居が大きく見えることも。すべてのスケールが破格です。

 

基本情報

名称 出雲大社
住所 〒699-0701 島根県出雲市大社町杵築東195
電話番号 0853-53-3100
HPアドレス http://www.izumooyashiro.or.jp/
お問い合わせ 午前8時30分~午後5時

 

国譲り神話のゆかりの地・稲佐の浜

大国主大神が祭られている出雲大社の近くには、大国主大神天照大御神の子息である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に国譲りをしたという伝説が残る場所が近くにあります。これは天照大御神から命を受けた武御雷神(タケミカヅチ)と大国主大神とが面会した場所ということで知られています。

これが稲佐の浜のいわれで、旧暦の10月10日には、出雲大社に集まる全国の神々がこの浜から出雲へ上陸すると伝えられ、今なお神迎えの神事が行われる出雲のパワースポットの一つでもあります。

 

この稲佐の浜へは出雲大社から徒歩で向かうことが出来ます。

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出雲大社から西へ進むと海が見えてくる

木の電柱があったりして昔懐かしい港町の雰囲気が漂うところを通ります。

 

歌舞伎のパオニア、出雲阿国の墓に立ち寄る

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出雲阿国の墓

出雲大社から稲佐浜へ向かう途中、山根の太鼓原の石段を登っていくと中村家の墓があります。出雲阿国の墓は、特別に石棚で囲った平たい自然石で作られています。
今でも、芸能関係者や歌舞伎ファンなど多くの参拝者がいるそう。ただ、一般的な墓地の中の一つの墓として存在するので少し抵抗があるかもしれませんが、観光地の一つとして知られているようです。

 

砂浜にたたずむ巨大な岩・弁天島

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弁天島

逆光で折角の海が全然写っていないのは残念。天気もそこまで良くなかったですしね。ここは快晴のときに来たかったかな。それはさておき。
弁天島は地元では「べんてんさん」と呼ばれて親しまれている島で、かつては稲佐湾のはるか沖にあったため、沖ノ御前、沖ノ島と呼ばれていました。1985年ごろまでは、島の前まで波が打ち寄せていましたが、近年急に砂浜が広がり、現在では島の後まで歩いて行けるようになりました。

 

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豊玉毘古命(トヨタマヒコノミコト)が祀られている

神仏習合の頃には「弁財天」が祀られていましたが、明治のころから豊玉毘古命トヨハマヒコノミコト)が祀られています。

 

夏には海水浴も楽しめる!

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夏には海水浴も楽しめる

弁天島の存在がかなり印象的な稲佐の浜ですが、夏には海水浴も楽しめるスポットでもあります。出雲大社から徒歩圏内ですので、出雲大社に参拝してから海水浴、なんてこともできちゃいます。

 

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懐かしい雰囲気の町並みが広がる

帰り道は行きとは違う道で戻りました。そんなときに発見したのがこの道。稲佐の浜から少し南に進んだところにある道で、どこか懐かしい感じの雰囲気が広がるところです。

 

お泊りは大社温泉で

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天然温泉大社の湯「いにしえの宿 佳雲」「お宿 月夜のうさぎ」

出雲大社周辺にはいくつか温泉付きの宿泊施設があります。

シンガーソングライターの竹内まりやさんの生家である竹野屋などの歴史的な旅館のほか、写真の天然温泉大社の湯「いにしえの宿 佳雲」「お宿 月夜のうさぎ」などのような比較的新しい温泉旅館もあります。

私が宿泊したのは天然温泉大社の湯「いにしえの宿 佳雲」。「お宿 月夜のうさぎ」とは館内の渡り廊下で繋がっています。「佳雲」は格調高い大人向けのリッチな感じ。「月夜のうさぎ」はどちらかと言えばファミリー向けの旅館となります。お風呂は共有ですので、「佳雲」に宿泊したとしても「月夜のうさぎ」に宿泊している子供と共に入ることになるので、その辺りは「佳雲」のブランドイメージから離れるところであり、少し残念に感じたところではあります。

共立リゾートが運営しているため、湯上りにアイスキャンディーや乳酸菌飲料、夜食にラーメンが食べられるサービスなどかなり満足いくと思います。料理に関しては神前食がイメージされたものが提供されました。

 

出雲旅行に際して

出雲と言えば出雲大社、と一般的に考えられる方も多いでしょうが出雲大社を中心に発展してきたところが沢山ありますので、出雲大社参拝以外にも十分楽しめる観光地ではないでしょうか。全体的な所要時間(宿泊を除く)はゆっくり周っても約6時間程度。大阪などの大都市圏からは少し遠いですが、一度は訪れるべき甲斐があると思います。是非、訪れてみてください。

【車内】「ゆったりやくも」はゆったり過ぎた! 2020/8/5-7 島根②

岡山と島根県出雲市を結ぶ特急「やくも」号。そんな「やくも」は数少ない国鉄型特急電車が使用される特急列車として知られています。今回はそんな「やくも」の紹介です。

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「やくも」で使用される381系

目次

 

381系ってどんな電車?

「やくも」で使用される381系には自然振り子式というカーブを通過する際に車体を傾斜させることで速度を落とさなくても通過できるという特殊な機構を有しています。しかし、そのような特殊な機構を搭載した車両でしか「やくも」の運用をこなせないことから、381系は登場から約40年近く経過した今でもなお使用され続けています。

381系電車は「やくも」のほかにも「しなの」や「くろしお」などで使用されていましたが、現在ではこれらの列車に関しては後継の新型車両に置き換えられ381系が使用されるのも「やくも」のみとなってしまいました。

 

ゆったりやくも」改造で車内は超快適に

民営化直後からJR西日本では381系に対してリニューアル工事を施工していましたが、2007年から2011年にかけて「ゆったりやくも」改造が施されました。車内を中心に改造され、座席を683系と同等型のものへ交換とセミハイデッカー化、和式トイレの洋式化および女性用トイレ、男性小用トイレの設置、喫煙室の設置(2009年6月1日廃止)などが行われました。

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ゆったりやくも」に改造された車両には謎のキャラクターのステッカーが貼られている

改造が終了した車両に対して大山の冠雪の「白」と出雲大社の巫女の「赤」をイメージした、リニューアル後の「くろしお」号と近似した塗装パターンのものに変更されています。

 

グリーン車ビジネスクラス

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グリーン車の車内の様子

グリーン車に入ると暖かな暖色系の雰囲気の車内が向かい入れてくれます。まさかこれが40年選手の特急電車の車内だなんて誰も疑いません。新型車両とあまり遜色ない雰囲気です。JR西日本の特急電車の車内の雰囲気づくりの上手さにはいつも感服します。

 

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2人掛けのグリーン座席

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1人掛けのグリーン座席

グリーン車は2+1人掛けの横3列になっています。リニューアル前のグリーン車は2+2人掛けの横4列だったので、一人当たりのスペースが拡大されゆったりとしています。座席自体は683系などと同じものでどっしりとした椅子です。硬さも柔らかすぎず硬すぎずちょうどいい、よく眠れますよ。ちなみに二人掛けの座席のひじ掛けを上げて使うことはできません。

 

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テーブルはインアーム式の大型の物を備えている

テーブルは座席の背面ではなくインアーム式。ですが、コップとおつまみしか置けないような小型のものではなく大型のしっかりとしたテーブルです。駅弁も広げて食べるには十分なサイズです。テーブルの出し入れの際の指詰めには注意が必要ですね。

椅子全般の印象は飛行機の国内線のビジネスクラスと言ったところでしょうか、飛行機のビジネスクラスなんて一回も乗ったことはありませんが...。

 

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全ての座席にフットレストが装備されている

グリーン車ですので全ての座席にフットレストが装備されています。一般的に写真の左のフットレストグリーン車の四つ葉のクローバーがあしらわれていますが、車両の構造上、フットレストが装備できない席には写真右のオットマンが置かれています。オットマンは荷物棚の上に置かれていますので、座った座席にフットレストがない場合には荷物棚を見てみてください。

ちなみに写真に写っているコンセントはおそらく清掃用の物でお客様用ではないので使わないように。もし、携帯やパソコンの充電でどうしても使いたい場合は乗務員さんに聞いてみてください。

 

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車端部の荷物棚には毛布が準備されている

普通車をグリーン車に格上げ改造しているので、窓割と座席の配置が合っていませんし、車端部には写真のような謎めいた空間があります。机とするか、荷物置きとするかはあなた次第。もっとも大きなインアーム式のテーブルがあるので机として使用する必要はないと思いますが...。

毛布が車端部の荷物棚に準備されているので寒い時や寝るときに自由に使うことが出来ます。私が乗車したのは日中の最高気温が30℃を超えるような日だったので、必要ありませんでした。

ちなみに、クーラーの効きがあまりよくなかったので、窓割と座席が合ってないことと合わせて少し残念なところでした。反対にそれ以外については文句なしです。

 

JR特急のなかでもトップクラスの普通車

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普通車

往路はグリーン車、復路は普通車を利用しました。ただし、復路に関してはそれなりの利用率だったので車内の様子はあまりよく撮れず…仕方がないので往路で撮影しておいたものをご覧ください。

普通車の車内はグリーン車同様「ゆったりやくも」リニューアルの際にセミハイデッカー化されています。椅子は683系と同等のものが装備されていますが、少し改良が加えらえており、更に座り心地か良くなっています。椅子に包み込まれるような座り心地。思わずうとうとしてしまいました。帰りに岡山で乗り換えたN700A系の椅子が板のように感じられてしまうぐらい普通車でも超快適。決してN700A系の椅子も悪くないと思うのですが...群を抜いてJR西日本の特急列車でも快適な部類に入ると思います。

ただし、こちらもグリーン車同様にシートピッチを改良している結果、目の前が柱という残念シートがちらほらあります。残念シートを避けながら指定席を購入するのは至難の業なので(窓に対する全ての座席の位置が微妙に違う)、実際のところ運次第です。グリーン車からの格下げ改造車は少しマシかと思いきや、グリーン車よりも少しシートピッチが狭くてどんどんとズレていくという…なんとも言えない感じだそうです。

あと追記しておくと、福知山や日根野からの転属組が一部混じって運用されており、それらの車両は簡易アコモ改良車。昔懐かしい特急電車の雰囲気が楽しめますが、その代わり乗り心地は「ゆったりやくも」に比べると少し劣ります。塗装は「ゆったりやくも」と同じものを纏っているので注意が必要です。

 

改装されていて清潔感のあるトイレ・洗面所

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木目調のデッキ

デッキは木目調のシールで仕上げられています。車内に入った瞬間、少し心がどこか落ち着くような穏やかな雰囲気。車内に足を踏み入れた瞬間から「ゆったり」した旅の始まりです。

 

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トイレ

トイレは洋式に改装されいて使いやすくなぅています。清潔感もバッチリです。ベビーチェアなんかもあって便利。強いて言うならば車いす対応トイレがない点が残念ですが、40年選手の車両にそこまで求めるのは無理でしょう。

 

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くずもの入れ

徹底的に改装されている「ゆったりやくも」の車内ですが、くずもの入れに関してはそのままのものが使用されています。国鉄時代を感じさせる表記が特徴です。木目調の落ち着いた車内とマッチしているというか、ミスマッチというか…骨董品の車内インテリアとして良い趣を出していると筆者は思いますよ。

 

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洗面所

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洗面台

洗面所や洗面台は元々のものから大きく変更されていて使いやすく、更には清潔感があるものとなっています。ホテルの洗面台と言われて騙せそうです(笑)。鏡が三面鏡になっているのがナイスですね。

 

乗ったら乗り物酔いしてしまうの?

 洗面所の2枚目の写真の左下に袋のようなものが写っているのにお気づきでしょうか?

実は「ゆったりやくも」にはエチケット袋が装備されているのです。

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エチケット袋

これは「ゆったりやくも」になる以前から取り付けられていたもので、「やくも」号を始めとする381系特急電車に乗車すると気分を悪くされるお客様があまりにも多いから取り付けられたもの。これは、前述の通り381系には自然振り子装置が取り付けられていてカーブに差し掛かると自動的に車体が傾斜するので、日常普段感じることのない揺れを体感することになり、船酔いのような感覚に陥ります。

私は普段乗り物酔いを一切しないので何もせずに普通に乗り込みましたが、普段乗り物酔いしやすい母は酔い止めを服用して車内でも極力寝ているようにしていました。その結果、母は乗り物酔いを一切せずに快適に過ごせたようです。もちろん、私も酔わずに快適な旅を楽しむことができました。

もし、乗り物酔いをしやすいような体質の方で「やくも」に乗車される場合は、乗車前委に酔い止めを服用して、車内で食べたり飲んだり動き回るようなことは極力せずに寝ていることをお勧めします。どうしてもの場合は洗面台横のエチケット袋のお世話になりましょう。お守り代わりにエチケット袋を自分の座席に持っていくのも、気分的に良いかも知れません。

 

自然豊かな景色を楽しむ!

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日野川に沿って走る

特急「やくも」が走る伯備線岡山県内は高梁川に、鳥取県内では日野川に沿って走っているので、ほぼ全線にわたって中国山地の景色を楽しむことが出来ます。

絶景というわけほどではありませんが、日本の自然豊かさを最大限に感じさせられます。そんな景色を「やくも」の車内からゆったり眺められ、贅沢な時間が広がります。

 

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宍道湖

島根県内では宍道湖のほとり走るので、山陰を代表する湖の景色を楽しむことができます。

山あり谷あり湖あり。移り変わる景色に目が離せません。

 

島根や岡山へ行かれる際にはぜひゆったり快適な「やくも」号を利用されてはいかがでしょうか?

 

【Go To キャンペーン】今、この時期に旅行に行くべきか? 2020/8/5-7 島根①

7月22日から開始された「Go To トラベル」キャンペーン。旅行金額が35%引きになるという旅行好きにとってはたまらないキャンペーンなのではないでしょうか?

さて、そんなキャンペーンが開催されている中で相変わらず猛威をふるい続ける新型コロナウイルス。大都市圏を中心に新型コロナウイルスが広がりつつあるなかで「Go Toトラベル」キャンペーンを利用して沢山の観光客が地方に移動しても問題が無いのか、実際に観光地の人々や観光業に携わる方々にとって旅行に行ってほしいのか、これらについて実際に私が「Go Toトラベル」キャンペーンを利用して旅行に行ってきましたので、紹介していきたいと思います(旅行の詳細については後日、アップしていきます)。

 

目次

 

パック旅行を利用する!

ご存じの方も多いと思いますが、単なる移動は「Go Toトラベル」キャンペーンの対象外となります。つまり、鉄道の利用や高速道路料金などは35%引きの対象とならないわけです(と言っても、寝台列車は適用になるなど例外は一部ありますが)。

普段なら宿泊と観光地までの往復乗車券+特急券を別々に購入していますが、今回私が利用したのは旅行会社が発売するパック旅行。パック旅行は宿泊と観光地までのアクセスがパッケージになっているので、パック旅行を活用すると旅行代金に鉄道の利用が含まれかなり割引の対象になるわけです。しかもパック旅行の場合、「Go Toトラベル」キャンペーン割引前の価格でも通常の宿泊代金+交通費よりも安くなり、更にオプションなども追加出来て更にお得になります。

どのパック旅行を利用してどのような組み合わせ(乗車する列車や旅館など)を決定して申し込みを旅行代理店で行いました(私が直接申し込んだわけではなく、同行する家族が代理で申し込みました)。普段なら旅行代理店を通さずに旅行を申し込む人でもパック旅行にしないと損になるわけで、移動だけでは対象にならないという方針がたまたまなのかわかりませんが、旅行代理店にもメリットがあるという功を成した結果ですね。

 

旅行会社への打撃はかなり深刻

前述の通り、私が直接聞いた話ではないので恐縮ですが…コロナ禍の旅行会社への打撃はかなり深刻なようで、今年はオリンピックで旅行業への需要が高まると期待されていた中でのショックだったので打撃はかなり大きいようです。昨年同月よりもかなりお客様が減少しているようで、旅行代理店の方々も二日に一度の出勤になり、それに応じて(正社員でも)給与も減額を余儀なくされるなど旅行業への打撃がそれに携わる方々への生活へ大きく影響しているそうでした。

ただ、「Go Toトラベル」キャンペーンの適用開始によって徐々に客足が回復しつつあるそうで完全回復とまではいかないでも、少し期待が持てるとのことでした。しかし、東京都のキャンペーン除外やツアー旅行の中止、海外旅行が現実的に不可能であることなど不安視する点はまだまだ沢山あります。旅行会社にとって「Go Toトラベル」キャンペーンは需要の回復に向けて大きな希望と言えそうです。

 

観光地の現状

さて、気になる観光地の現状は…かなりガラガラという印象でした。本来ならかなり混雑していそうなところでも待ち時間なしで見学できまし、普段なら必ず他の人が写りこんでしまうようなアングルの写真でも入らなかったりと、かなりガラガラであることは感じさせられます。特に外国人観光客をほとんど見ないという点においてはかなり衝撃を受けました。

観光地に行くまでの交通機関もかなりガラガラといった状態で、前述のとおりパック旅行でしたので指定席を利用しましたが自由席もガラガラで指定席をわざわざ利用することもないのではと感じさせらられるような感じでした。また、観光地での交通機関(観光目的の路線バスなど)も普段は混雑していても、自分たち以外に他にお客さんが乗っていないといった状態でした。観光客向けの飲食店の利用もかなり低下しているようです。

実際に「Go Toトラベル」キャンペーンが始まるまでは観光客が0に等しいようでしたが、「Go Toトラベル」キャンペーンを利用して観光に来られる方が少しずつ増えてきているそうでした。しかし、オリンピックで想定していた需要にはまだまだ追いつかないようで、深刻な状況はまだまだ続きそうです。

 

「Go Toトラベル」キャンペーン以外に地方自治体が主催しているキャンペーンもある

あまり知られていないことかもしれませんが、「Go Toトラベル」キャンペーン以外にも地方自治体や温泉組合などが数少ない旅行者に対して、少しでも観光地にお金を落として行ってもらおうと、観光施設で使えるクーポン券を発行して観光客に配るなどの公的事業も行われています。自治体によっては観光業によってなりたっているような自治体もある中で、如何にして感染対策を講じながら観光業を盛り立てていくのか模索が続けられています。

今回、私が訪れたとある観光スポットではクレーン券が宿泊者に対して配布されていました。具体的には宿泊施設や観光施設で使える1000円クーポン3枚で、1000円単位を超える金額でしか使えないというものでした。例えば1200円の物を購入する際には1枚しか使用できず、200円は追加で支払わないといけないというもの。2000円分使ってお釣りをもらわないという使い方もできません。実際問題、1000円ちょうどの商品はなかなか無いのでたとえ少額であったとして小銭を支払う必要がありました。

一人3000円という額はかなり高額で観光地でしか使うことができないので、数少ない観光客しか訪れていなくても売り切れになっているお土産が多数見受けられたのが印象的でした。数少ない旅行者から少しでもお金を使ってもらうためにはどうすれば良いのか、かなりうまい戦略だなと感じたものです。

 

結論:旅行に行くべきか

今回の旅行を通じて、観光客が来ることに対して反対するような声は全く聞きませんでした。都市からコロナが持ち込まれる危険性があることから旅行客を嫌うような行動を取る人もいるのではないかと心配でしたが、そんなことは一切ありませんでした。観光関連に携わる方々としか話していないからかもしれませんが、観光に行くことに関して喜ばれるぐらいでした。ただ、その裏側にはこれ以上自粛が続くと持ちこたえられないという悲鳴があることも事実です。それを踏まえたうえで、「Go Toトラベル」キャンペーンの開始が時期早々だという声もありますが、今やらないと手遅れになってしまうという経済的にかなり危険な状態に旅行業自体がおかれていることから、感染が拡大していても政府が旅行に行くことを推奨することが理解できたように思います。

私なりの結論として「Go Toトラベル」キャンペーンを利用して旅行に行くべき...というより行っても問題はないと思います。政府も推奨しているわけですし、何より旅行業がこれ以上耐えることができないということもあります。それでも、観光に行く際にはしっかりと感染対策を講じて観光地にウイルスを持ち込まないという意識が何より大切です。検温や手指の消毒など施設側でも最大限の配慮がなさていますが、観光客側としてもマスクの装着などできる限りの対策は必要です。また、推奨されている旅のかたちとして同一県内など近場での宿泊を伴う外出というのも有効なのではと思います。

感染拡大に最大限に配慮しつつ、旅行を楽しんでいきましょう。

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